【普通あり得ないうつ病からの奇跡の復活劇】(やなぎ社会福祉士事務所)
2020年11月11日 14時~ お世話になった上司へ報告した内容の抜粋です。
私がうつ病を克服するに至った事柄(命の叫び)を克明に綴った手記です。
私の人生の中の8年間というほんの僅かな単なるささいな一コマから得たものは…
・精神疾患は治るものではない…治ると思っているうちはけして治らないです
・死ぬとは生きるとは…本当の死生観は死んで始めて育まれるものかもしれない
・何事も経験に勝るエビデンスはない…あれこれ考える暇があったらすぐ動け
・親の無償の愛とは…泥臭くて生臭くてかっこ悪くて面倒くさくて不合理なもの
・自分の人生なんて嘘です…人は導かれ守られ助けされ支えられ生かされている
・人は簡単には死なないがいつ死ぬかはわからない…ならば誰にでもやることがある
手記の全文をご覧になりたい方は下記のPDFファイルをダウンロードしてご覧ください。
「全文【うつ病からの復活劇~柳辰夫1年間の奇跡~】」
8年間何もする気が起きず何もしないで寝てばかりいた。
その8年分の負債(過去の醜態)を1年で一気に返済した。
今はやっと貯金(未来への投資)ができるようになってきた。
⚫ 復調のきっかけは草刈り。
きれいになった畑を見て『こんな俺でもできた。』と感極まって一人で泣いた。
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⚫ 身辺整理を始めた。
まずは8年前の郵便物を初めて開封して中身の確認から始めた。
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⚫ 終活を始めた。
・エンディングノートを作成した。
・財産目録を作成した。
・土地台帳及び図面を作成した。
・家系図を作成した。
・保険台帳を作成した。
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⚫ 双極性障害という新たな診断がでた。
躁鬱病の躁の状態で常にハイテンションで寝ることができなくなった。
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⚫ 読書を始めた。
8年ぶりに本を読もうと思った。
月に20冊以上の本を狂ったように読みあさった。
⚫ 日記を再開した。
8年ぶりに日記を書き始めた。SNSのブログも再開した。
過去の自分の棚卸しをするために8年前の日記を読み返した。壮絶な内容だった。
いつ自殺をしてもおかしくない内容だった。
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⚫ パソコンを購入した。
パソコンが特技である私がパソコンを開くこともできなくなっていた。
そのころは自分の名前もまともに書くことができなかった。
12年ぶりにパソコンを購入して使い方の本を買いあさり勉強を繰り返した。
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⚫ スマホを購入した。
メールさえも打つことができなかった。
たまに電話がかってきても出ることができなかった。
7年ぶりに新しいスマホに機種変更した。
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⚫ メールが送信できた。
大切な人に『少し元気になったよ。』と恐る恐るメールを送信した。
返信が来て『良かったね。』とすごく喜んでくれた。
アドレス変更等でメールが届かない人には直筆の手紙を何人にも書いた。
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⚫ 年賀状が作成できた。
8年ぶりに年賀状をパソコンで作成した。
年賀状のやり取りも途絶えていたので10人くらいしか送る相手がいなかった。
8年ぶりに親戚にも年賀状を送った。
もらった僅かな年賀状のお返しもすべて母親が書いてくれていた。
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⚫ 新車を購入した。
運転が楽しくて母親が寝入った夜中に毎日ドライブをした。
あえて車にナビはつけないで道路地図の本を買った。
高速道路に挑戦しようと思った。
最後に高速道路を走ったときの恐怖が頭に残っていたので戸惑いがあった。
高速道路走行中はどこにも逃げ場がない。止まって外に出ることもできない。
それが私にとっては死が迫り来るほどの恐怖だった。
8年ぶりに高速道路を走った。私にとっては命をかけた挑戦だった。
流れ行く景色など何もかもが新鮮で生まれて初めの体験だと錯覚した。
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⚫ 資産運用を始めた
資産運用について何冊も本を読みあさり勉強を繰り返した。
ネット証券とネット銀行の口座開設をして預金をすべて移した。
コロナで株価等が底値のときに投資したので資産は順調に増え続けている。
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⚫ 温泉巡りを再開した。
8年ぶりに私のライフワークである日帰り温泉に行き始めた。
コロナで一人で出かけていてどこに行ってもガラガラで温泉も貸し切り状態だった。
温泉に一人で浸かっていると昔の元気だった自分に戻るのではなく新しい自分に生まれ変われる気がしてきた。
昔の元気だった自分に早く戻るんだと思っているうちは精神疾患はけして克服できない。
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⚫ 温泉旅行に行けた。
定期的に温泉旅行に行っていた20年来の4人友だちがいた。
8年ぶりに友だちと旅行に行けた。友人たちには感謝してもしきれない。
不安でいっぱいだったが友だちに助けられて無事に行ってくることができた。
見る物、触る物、すべてが新鮮で生まれ変わるとはこういうことだと思った。
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⚫ 音楽ライブに行った。
車の中で音楽を流すこともできなかった。
8年間音楽というものが聞けなくなっていた。
そんな中でもあるアーティストの大好きな楽曲に出会えた。
そのお気に入りの曲を何百回も何百時間も聞きまくった。
感謝の気持ちを伝えたくてファンレターというものを初めて書いた。
奇跡的にチケットが取れた。代々木体育館まで待望のライブを見に行った。
ライブが始まった瞬間『自分もこうしてやっとここに来ることができるようになった。』
感極まり会場で一人泣いた。最初から最後まで号泣しっぱなしだった。
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⚫ 仕事を始めるきっかけ。
ハローワークで仕事を探していたが気持ちが追いつかず何もできなかった。
新聞の挟み込広告で社会福祉協議会が主催する介護職員初任者研修の受講生募集を見つけた。
ふと、『これだ、これでいける、この道に進む。』と思った。
実際に研修が始まるとじっとして授業に耐えられるか心配だった。
久しぶりに人と話さなければならないので不安だった。
無事に研修も終わり受講生の同期と新しい仲間ができた。
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⚫ ダイエットを始めた。
8年ぶりに健康診断というものを受けた。
当然にメタボの判定がでて町の特定保健指導が入った。
血液検査の数値が異常で医者にすぐに薬を飲むように進められたが断った。
自分で食事のコントロールと筋トレを始めた。
血液検査の結果はみるみるうちに改善していった。やがてメタボを脱出した。
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⚫ トリプルワークを始めた。
・某局職員。
面接を受けるに当たり今までの職歴を振り返り職務経歴書を作成した。
人生を振り返り、自分の資格や特技、長所や欠点、趣味などの棚卸しをした。
このときに『自分の強みは福祉だ。』という確信が持てた。
久しぶりの面接というか人と話すのが久しぶりだったので緊張した。
・訪問介護員。
事務ばかりやってきた自分が現場の仕事に就くとは思わなかった。
ヘルパーの仕事はきつくて辛いが今後の成長の為にも得るものはたくさんある。
ヘルパーの時は明るく前向きな健康な自分を演じて役者になっている。
・社会福祉士。
社会福祉士として地域福祉推進のボランティア活動を始めた。
来年には社会福祉士事務所の開設を予定している。
私が今までの人生で得た、知識や技術や経験、教養や倫理観、人脈などを、『社会の幸福のために放出する時がやってきた。』と思って日々ボランティア活動をしている。常に頭の中を空っぽにしている。何が来ても常に受け入れる体勢ができている。
自分の死生観ともいうべき考えが死に直面したことにより養われていた。
あまりあれこれ考えないで行動できるようになった。
自分の信念で『これはできる、大丈夫、間違いない。』と思ったら次の瞬間には行動している。
人生には流れる波と導きがある。
自分に流れが来ているときは思う存分乗れば良い。
離婚を経験して辛い日々も乗り越えた。でも娘達には申し訳ないことをしたと今でも思っている。
学校行事(授業参観、運動会、文化祭など)にはほとんど行けなかった。塾の送り迎えもまともにできなかった。
娘達が家を出て行くときに感謝の気持ちと私の希望を綴った手紙を渡した。
今は有り難いことに娘達は慕ってくれてよく様子を見に家に遊びに来てくれる。
母親に毎日のように『寝てばかりいて何をやっているんだ、世間に恥ずかしい、なんでこんな子が生まれたんだ。家にいないでくれ。』と罵倒され続けた。
何も言うことができず黙っていると、『何を偉ぶっているんだ、人のことを馬鹿にするな。』と逆上された。
でも自分が悪いのだからと思って口答えせずに耐え忍んだ。
そんな母親も認知症になって今では私が介護している。母親に心配かけた分の恩返しだと思って楽しく面倒を見ている。
以上はこの1年間に起きたほんの一部の出来事です。細かいことをあげたらきりがありません。
私はこの1年間で過去8年分の仕事をしたと思っています。過去8年間でできなかったことを少しは回収できたかなと思っています。
さてと記事をまとめて何かで発信するかな~。
でもあくまで自己満足なんだよな~。他の人の参考にはならないだろう。
この記事を読んでもらって、今現在うつ病で苦しんでいる人の力になればと思ったらとんでもない。なんの参考にもならないだろう。
「うつからの生還」とか、そんなたぐいの本を読んだが、本を読んでさらに落ち込んだ。
こんなこと俺には無理だ。動く力なんて残ってない。とさらに落ち込んだ。
たまには気晴らしに行こうよ、自分の気持ちを話してすっきりしなよ、とかいろいろアドバイスをもらったが、何も心には響かない。
うつのときは動く力が全くない状態なので、風呂に入るのも大変、歯磨きをするのも大変、爪を切るのも大変、人と話をするのはもっと大変、もっと言えば呼吸をするのも大変だった。何もできないのだ。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。こんな人もいるのだなと覚えていただけたら有り難いです。
精神疾患を治すのは、医者でも病院でも薬でもない。自分は新しく生まれ変われるんだと信じる心です。
やなぎ社会福祉士事務所 代表 柳辰夫 2025年2月8日ネットに公開しました。